2016年02月29日
【開催中】澤田浩明展
みなさん、こんにちは!
寒さと暖かさが入り混じる感じ、
そして花粉の量に(!)春の気配
を感じます。
冬から春へと変わる今の時期には
人間の身体の中でも知らないうちに
シフトチェンジが行われているのだとか。
春先に体調が不安定になる人がいますが
理由はそのへんにあるようですね。
それでも春は嬉しいもの。
一日いちにちが楽しみです!
さて、美術ギャラリーでは、
新たな展覧会が開催中。
恒例の、作家の方へのインタビューは、
いつも以上に「作品をつくる人」の心の世界を
覗かせていただいた感じがする、充実の内容です。
澤田 浩明 展
~あの頃の風景と今。~
平成28年2月27日(土)
~3月13日(日)

守山市在住の画家、澤田浩明さんが
大学時代から現在まで、
約20年の間に制作された作品の中から16点を選び、
出展してくださった今回の展覧会。
小さなギャラリーの中に、現代美術館のような、
静かで心地良い緊張感が漂っています。
澤田さんのお写真です。

澤田さんは、ご自身のことを、
絵を描くにあたって「常に新鮮さがほしい」
タイプだと仰います。
20年の時を巡ってきた澤田さんの作品世界は
その時々で異なる形態をとって表現されてきました。
まずは“原点”という大学時代の作品から
澤田さんにお話を伺っていきます。
―大学時代の自画像を、
4点出展してくださっていますね。―

(澤田さん)「大学の頃の絵は思い出深いので…。
自画像はデッサン力をつけるために描いていました」
思う存分絵に専念できるはずの大学生活。
ところが、この時期の澤田さんは
「絵を描かなければという強迫観念だけが
筆を握らせていた」
という、精神的に厳しい場所に
落ちこんでいたそうです。
そして、こんな自画像が生まれました。

「これを描いた頃は、えんえん悩んでいました。
絵というものをどうやって描いたらいいのか
もうわからなくて。
描いたんですけど、こんなんできてしもた、
という感じ。
完成して、充実した思いもないし、
僕にとっては恥ずかしい絵というか、
まったく成功してないと思ってますよね」
澤田さんご自身が、“醜悪の極み”と評するこの絵。
しかし、この絵を別のまなざしで
見つめている人がいました。
「僕のいた精華大学洋画科の生駒泰充先生、
その方が、この絵を『解る』と
言ってくださったんです。
その時に“どんな絵を描いても伝わる人には
何かが伝わるのかもしれない”と思いました」
真摯に描けば、それがどんな形の絵であろうと、
どこかで誰かが確かな目で見てくれるという
安心のような気持ち。
作品として良いと思うことはできなくても、
この絵が、大学時代の澤田さんに、
かけがえのない実感を運んできた事は
間違いないようです。
その後、抽象画を制作する時期などを経て
澤田さんの絵はこんな形に変化します。

(「零の風景」)
―数式がたくさん描いてありますね―
「数式は…宇宙的なことを表そうと思って。
宇宙的なことの中心に、
蝉とか、花とか、はかないものを置いて
命のはかなさみたいなものを描ければと思いました」
― 一見観念的なようですが、優しい絵だなと
思って見ていました―
「『優しい絵』というのはたまに言われますね…。
この頃は、藤原正彦という数学者の本を読んでいて
数学に興味があったんです。
“数学は最後は美に行き着く”
“単純な数式ほど美しい”
というような考えが書かれてあったり」

宇宙を動かす様々な法則を表すかのような数式と、
その中心に置かれている何か。
この作品群も4点出展されています。
「作家は作品に対して半分しか責任をとれない。
あとの半分は観る側の人の責任というか、
観る人が考えることや感じることが作るもの」
そんな風に考えているという澤田さんの絵を
『哲学的』と形容する人もいるそうです。
澤田さんの作品を鑑賞しながら
いつの間にか胸のうちで
自分自身との対話が始まっている人は
少なくないかもしれません。

(数式の背景の緑色について。「“黒板”と言われるんですけど、本当は宇宙を表したつもりなんです。黒がしっくりこなくて緑にしたんですが、黒板と言われるのであれば、まあ、それもいいかと…」(澤田さん))
最後は、現在の澤田さんを表す作品の形です。
お話を伺っている中で、
澤田さんがこんな事を言われました。
「絵描きってね、“生命の起源”に
興味がある人が多いですよ。
この宇宙には何らかの意志が
あるんじゃないかとか考えたり。
…他の画家から、
『“相対性理論”って知ってる?』
と話を振られたこともあります」
澤田さん自身にとっての
“生命の起源”は
今、このような形で表現されています。

(「零の風景 改」より)
クイックドライングホワイトという
速乾性の白絵の具を使用して得られる
陶器のような質感で表された
「起源」のイメージ。
このイメージが
澤田さんの次の創作の方向性を
指し示しているそうで、
今回はこの作品のほかに、
「生命の起源の為の習作」と題された、
次回作につながる習作を
2点出展していただきました。
画家として、作品制作を通し、
真正面から芸術に対する思索を
続けてこられた印象を受ける
澤田さん。
最後に、今画家として立っている地点を
どのように感じていますか、という質問を
してみました。
「(絵を描くことに)辛さはないです。
今は、“ドキドキわくわく感”があって
次はどうしてやろう、
今度はどうしてやろうと、
いろいろ考えているというか。
そうですね、自分への期待感は
高まっています」

“人にはなぜ芸術が必要か”。
文化の仕事にたずさわる者として
常に考えなければいけない命題ですが、
ここではひとつ
「芸術を通してしか考えたり、
感じたりできないことが
人間にはあるから」という理由を
挙げてみたいと思います。
その「考えたり、感じたり」する何かは
人が人らしく生きていくために
どうしても欠かせないものだと思うのです。
会場に展示されている澤田さんの作品は
まさに私達にとって大切なその思索へと
導いてくれるものです。
冬が終わり、新しい季節を迎える前に
ぜひ会場で作品をご覧になってください。

(3月1日(火)・4日(金)・8日(火)は休館日です)

寒さと暖かさが入り混じる感じ、
そして花粉の量に(!)春の気配

冬から春へと変わる今の時期には
人間の身体の中でも知らないうちに
シフトチェンジが行われているのだとか。
春先に体調が不安定になる人がいますが
理由はそのへんにあるようですね。
それでも春は嬉しいもの。
一日いちにちが楽しみです!
さて、美術ギャラリーでは、
新たな展覧会が開催中。
恒例の、作家の方へのインタビューは、
いつも以上に「作品をつくる人」の心の世界を
覗かせていただいた感じがする、充実の内容です。
澤田 浩明 展
~あの頃の風景と今。~
平成28年2月27日(土)
~3月13日(日)

守山市在住の画家、澤田浩明さんが
大学時代から現在まで、
約20年の間に制作された作品の中から16点を選び、
出展してくださった今回の展覧会。
小さなギャラリーの中に、現代美術館のような、
静かで心地良い緊張感が漂っています。
澤田さんのお写真です。

澤田さんは、ご自身のことを、
絵を描くにあたって「常に新鮮さがほしい」
タイプだと仰います。
20年の時を巡ってきた澤田さんの作品世界は
その時々で異なる形態をとって表現されてきました。
まずは“原点”という大学時代の作品から
澤田さんにお話を伺っていきます。
―大学時代の自画像を、
4点出展してくださっていますね。―

(澤田さん)「大学の頃の絵は思い出深いので…。
自画像はデッサン力をつけるために描いていました」
思う存分絵に専念できるはずの大学生活。
ところが、この時期の澤田さんは
「絵を描かなければという強迫観念だけが
筆を握らせていた」
という、精神的に厳しい場所に
落ちこんでいたそうです。
そして、こんな自画像が生まれました。

「これを描いた頃は、えんえん悩んでいました。
絵というものをどうやって描いたらいいのか
もうわからなくて。
描いたんですけど、こんなんできてしもた、
という感じ。
完成して、充実した思いもないし、
僕にとっては恥ずかしい絵というか、
まったく成功してないと思ってますよね」
澤田さんご自身が、“醜悪の極み”と評するこの絵。
しかし、この絵を別のまなざしで
見つめている人がいました。
「僕のいた精華大学洋画科の生駒泰充先生、
その方が、この絵を『解る』と
言ってくださったんです。
その時に“どんな絵を描いても伝わる人には
何かが伝わるのかもしれない”と思いました」
真摯に描けば、それがどんな形の絵であろうと、
どこかで誰かが確かな目で見てくれるという
安心のような気持ち。
作品として良いと思うことはできなくても、
この絵が、大学時代の澤田さんに、
かけがえのない実感を運んできた事は
間違いないようです。
その後、抽象画を制作する時期などを経て
澤田さんの絵はこんな形に変化します。

(「零の風景」)
―数式がたくさん描いてありますね―
「数式は…宇宙的なことを表そうと思って。
宇宙的なことの中心に、
蝉とか、花とか、はかないものを置いて
命のはかなさみたいなものを描ければと思いました」
― 一見観念的なようですが、優しい絵だなと
思って見ていました―
「『優しい絵』というのはたまに言われますね…。
この頃は、藤原正彦という数学者の本を読んでいて
数学に興味があったんです。
“数学は最後は美に行き着く”
“単純な数式ほど美しい”
というような考えが書かれてあったり」

宇宙を動かす様々な法則を表すかのような数式と、
その中心に置かれている何か。
この作品群も4点出展されています。
「作家は作品に対して半分しか責任をとれない。
あとの半分は観る側の人の責任というか、
観る人が考えることや感じることが作るもの」
そんな風に考えているという澤田さんの絵を
『哲学的』と形容する人もいるそうです。
澤田さんの作品を鑑賞しながら
いつの間にか胸のうちで
自分自身との対話が始まっている人は
少なくないかもしれません。

(数式の背景の緑色について。「“黒板”と言われるんですけど、本当は宇宙を表したつもりなんです。黒がしっくりこなくて緑にしたんですが、黒板と言われるのであれば、まあ、それもいいかと…」(澤田さん))
最後は、現在の澤田さんを表す作品の形です。
お話を伺っている中で、
澤田さんがこんな事を言われました。
「絵描きってね、“生命の起源”に
興味がある人が多いですよ。
この宇宙には何らかの意志が
あるんじゃないかとか考えたり。
…他の画家から、
『“相対性理論”って知ってる?』
と話を振られたこともあります」
澤田さん自身にとっての
“生命の起源”は
今、このような形で表現されています。

(「零の風景 改」より)
クイックドライングホワイトという
速乾性の白絵の具を使用して得られる
陶器のような質感で表された
「起源」のイメージ。
このイメージが
澤田さんの次の創作の方向性を
指し示しているそうで、
今回はこの作品のほかに、
「生命の起源の為の習作」と題された、
次回作につながる習作を
2点出展していただきました。
画家として、作品制作を通し、
真正面から芸術に対する思索を
続けてこられた印象を受ける
澤田さん。
最後に、今画家として立っている地点を
どのように感じていますか、という質問を
してみました。
「(絵を描くことに)辛さはないです。
今は、“ドキドキわくわく感”があって
次はどうしてやろう、
今度はどうしてやろうと、
いろいろ考えているというか。
そうですね、自分への期待感は
高まっています」

“人にはなぜ芸術が必要か”。
文化の仕事にたずさわる者として
常に考えなければいけない命題ですが、
ここではひとつ
「芸術を通してしか考えたり、
感じたりできないことが
人間にはあるから」という理由を
挙げてみたいと思います。
その「考えたり、感じたり」する何かは
人が人らしく生きていくために
どうしても欠かせないものだと思うのです。
会場に展示されている澤田さんの作品は
まさに私達にとって大切なその思索へと
導いてくれるものです。
冬が終わり、新しい季節を迎える前に
ぜひ会場で作品をご覧になってください。

(3月1日(火)・4日(金)・8日(火)は休館日です)
Posted by わたむきホール虹 at 14:44│Comments(0)
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